信仰の証し「確かな土台  ―仕事場から―」

荒木義人

私は、上下水道の管などを補修する仕事をしています。管は地下に埋められていて、人の目に触れることはありません。でも、必要不可欠なインフラで、日々の生活を支えています。

その管の多くは、高度経済成長期に敷設されました。それで、今では老朽化が進んでいます。これらの管が傷んでくると、水が漏れるようになってしまい、さまざまな支障が発生します。地下に埋められている管の老朽化は、恐ろしい危険性をはらんでいます。

私の働いている会社には、内側に特殊な素材の膜を張るなどして、その管を補強する技術があります。それによって、あと50年は地震や老朽化に負けない耐久性を確保できます。

目立たない仕事ですが、日本を下支えしている大事な役割だと、誇りをもって働いています。

手を置いて祈る

水の力は恐ろしいです。

水圧の高い地下水は、わずかな水量でも大きな力をもっています。たとえ少しずつしみ出してくるような水でも、長い時間をかけると硬い鉄板でも曲げてしまいます。

数年前、私の住んでいる福岡で、博多駅前の道路が大きく陥没したことがありました。それも地下水が一因でした。

地下鉄工事をしていた現場でしたが、地下水がしみ出して土砂を流してしまい、地下に空洞ができて道路が陥没したのです。あの時は、幸運にも犠牲者は出ませんでしたが、一歩間違えば大事故につながります。

私は現場監督をしています。

見た目が若く見えるので、年配の職人さんたちから信用してもらうのは大変です。経験の豊富な方たちと打ち合わせをするためには、入念に過去のデータや複数の別案をそろえて臨みます。

工事の一切の責任は私にあります。職人さんたちの意見はもちろん聞きますが、最終的には私がこれだと思う方向で決断します。

人々の生活や自然環境を守るため、失敗は許されません。でも、目に見えない地中のことなので、現場では予想外のことが起こってきます。自然の力は人間の予想以上に強いです。

最新の技術をもって、細心の注意を払い、できる限りの仕事をしていますが、なお祈る心なくしてはできないと感じています。

私は、でき上がった構造物に手を置いて、「どうぞ、この構造物が役割を果たすことができますように」と祈っています。

上司とのあつれき

現場に入る前には、現地調査をして綿密なプランを立てます。でも、現場の状況によってプラン変更をしていかなくては、いい仕事はできません。補修する素材の配合を変えたり、工程を変えたりということは、現場を監督している私の判断にかかってきます。

人間の力が及ばない天候や自然だけでなく、時として人が仕事の障害となることがあります。

私は、ある上司とうまくいっていませんでした。大きな実績を上げて、とても勢いがあった人です。

私がプランの変更伺いを出しても、その上司に却下されることがたびたびありました。結局はうまくいかず、責任は私が取らなくてはいけないということがあり、矛盾に苦しんでいました。

新潟の現場に出張した時のことです。その現場でも、私は当初のプランとは違う方法でやることを会社に打診しましたが、その上司から、プランどおりにやるように、と指示が来たのです。

でも、それではよりよい品質の製品が納められないことを感じた私は、主張を曲げませんでした。

すると、その上司から「一生、現場で働かせてやる」と言われ、恐ろしさを感じました。プランを変更して結果が出なければ、私の処遇がどうなってしまうかわかりません。私は悩みました。

冬の新潟は、気候も過酷でした。雪のために、なかなか作業が進まず、納期がだんだんと押し迫ってきます。

「大丈夫だ!」

そんなある日、大吹雪に遭って、作業が完全に止まってしまいました。ごうごうと風雪が鳴り響く中、せっぱ詰まった私は、車の中で、「神様、助けてください」と一心に祈りつづけました。

すると突然、周りが無音になり、車の中に何か覆ってくるものを感じました。そして私の腹に、「大丈夫だ!」という確信が湧いてきたのです。恐れがなくなり、私の信じる方法でやろう、と心が決まりました。

その方法は、うまくその現場にはまり、工期内に仕事を終えることができました。また、他社よりも優秀だということで、元請会社は新潟市より優良工事表彰を受賞しました。私も社内で社長賞を頂きました。

でも私にとっては、あの大吹雪の中での体験こそが、何よりの喜びでした。

優秀な人は私の会社にもたくさんいます。でも私には、キリストが共にいてくださるという土台がある。どんな困難にも負けない、確かな土台に支えられて、日本を下支えする仕事をしていきたいと願っています。


本記事は、月刊誌『生命の光』795号 “Light of Life” に掲載されています。