童話「小鬼のことりの道」【朗読動画】
【朗読音声】
むかし ある村に 小さな鬼が住んでおった。
鬼といっても こわい鬼ではねえ。体が小さい きもちのやさしい鬼だった。でも 小鬼の友だちっていえば リスやネズミ。話し相手は 村のはずれの 森の近くのお地蔵さんだった。
ある日 小鬼は リスたちの話をきいた。
「森の奥の村に 小さな女の子が来たんだと。あそこのばあちゃんの孫なんだと」
小鬼は どうしても女の子に会ってみてえと思った。背中におむすびを2つ入れたふろしきを背負って 森に入っていった。村までは道がないから 木をくぐって 草をかきわけ やっと森の奥の村に着いた。
どれ どこの家だべか。
小さな家から 小さな女の子が出てきた。女の子は小鬼を見て にこっと笑った。小鬼はすっかりうれしくなった。
ぐうー 小鬼は おなかがなったから ふろしきから おむすびを取り出した。
「おまえも食うか?」
女の子はうまそうに おむすびを食べた。
女の子の名前はキヨ。小鬼は ときどきやってきては キヨとあそんだ。小鬼が 木をけずって ことりを作ってやると
「あんちゃん ありがと」とよろこんだ。
そんなことが何年もつづいた。キヨの村は森の中だから 田んぼがねえ。だから キヨの村の人たちは 米を食うことができねえ。
ある日 小鬼は ひらめいた。そうだ 道を作るべ。そしたら牛や馬で米を運んでこられる。腹いっぱいおむすびを食べさせてやれる。よーし びっくりさせてえから ないしょでやるぞ。
「おら 旅に出るよ。しばらく会えねえけど しんぱいすんなよ。すんげえみやげ 持ってくるから待ってろよ」
「うん あんちゃん」
小鬼はその日から 道を作りはじめた。おので木を切り倒し 草を刈り 土をふんだ。
「おい おまえ 何やってるんだ」
森にいのしし狩りに来た猟師が話しかけた。
「おら 道作ってる」
「1人でできるわけないだろ。何年もかかるぞ」
「いいんだ。キヨのみやげのためだ」
「キヨのみやげ?」
猟師はあきれて 森の中に入っていった。
なるほど たいへんな仕事だった。くたびれると 小鬼は切り株にすわりこんで 木彫りのことりを作って 道ばたに置いた。
「キヨ 待ってろよ。あんちゃんが いい道作ってやるからな」
帰り道は 村のはずれのお地蔵さんの前で ふかぶかとおじぎをする毎日だった。
それから何年もたった。
小鬼の手はまめだらけ 顔はまっくろ 体はぼろぼろ すっかりやせっぽちになっていた。
「あと 1日がんばれば 道ができるぞ」
小鬼は この日も 木彫りのことりを作った。
(明日 道ができたら これを持ってキヨに会いにいくべ。これがみやげだって言ってな。
でも ほんとのみやげは この道だ。ああ 楽しみだ)
小鬼はことりを お地蔵さんの足元に置いた。そして ふらつく足で 家に帰っていったんだ。
その翌朝のこと。
小鬼が作った道を 馬に荷物を載せた若者が 旅の途中で歩いていた。進んでいくと 数本の木が残っている。その奥には 小さな村が 見えていた。
「なんだ この木がじゃまだな」
若者は何本かの木を倒し 道をととのえた。たまたま近くを通った村の長老が それを見ていた。
「おまえさんが 道を作ってくれたのか」
「ああ ここの木を倒したのは おれだが…」
森の村はたいへんなさわぎだ。若者がうそをついたわけではねえ。長老たちが 勘違いしたんだ。若者は ほんとうのことを言い出すことが できなくなっちまった。
道のおかげで森の村では それから おいしいお米も食べることができるようになった。どんだけよろこんだか わかんねえ。
それから 何年かたって キヨは あの若者のお嫁さんになった。
それで 小鬼はどうしたんだ?
小鬼は病気になってあの日から 何年も寝こんでいた。森の小さな動物たちが 水や 木の実や キノコを持ってきてなんとか暮らしていた。
「ああ ようやく動けるようになった。
こうしちゃいられねえ。あの道を完成させなきゃ」
小鬼はよろよろと歩きだした。ところが 道はもうできていて 人々が行き来していた。
「この道は?」
「ああ キヨのだんなが作ってくれた道だよ」
森の村に着くと 若い夫婦に出会った。
「あんちゃんじゃないの!」
それは大人になったキヨだった。
「あんちゃん やっと旅からもどったのね。
この人は わたしのだんなさんよ。
この人が その道を作ってくれたの」
「……」
「わたし おかげでとっても幸せなの。
もうすぐ赤ん坊がうまれるのよ」
「あ……ああ そうかい。
そりゃあ よかった……」
小鬼は くるっと後ろを向いて ころげるように 道をもどっていった。
(なんでだ。なんでだ。なんで あいつが道を作ったことになってるんだ)
小鬼は 森の出口のお地蔵さんの前に来ると わんわんと 声を上げて泣いた。
どんだけ泣いたかわからねえ。泣くだけ泣いた小鬼は ゆっくり目を上げた。お地蔵さんは おだやかな顔で小鬼を見ていた。
お地蔵さんの足元には 小鬼が作ったことり。
(これは キヨの幸せを願って作ったことりだ。あの道もそうだ。今「この道を作ったのはおいらだ」と言ったところで キヨがよろこぶのか? 困るだけだ。キヨや村の人が幸せなら いいじゃねえのか)
そのとき お地蔵さんの顔がほほえんだように見えた。小鬼は それで十分だと思った。
小鬼はやがて どこかへと旅に出ていった。
それから 3年の月日がたった。キヨが娘を連れて 森の出口のお地蔵さんの前を通った。2人がお地蔵さんに手を合わせていると 後ろから声がした。
「いやあ ひさしぶりにここに来て たまげたよ。みごとな道だ。あのちっちゃな鬼は とうとう道を作ったんだな」
振り向くと 1人の猟師が立っていた。
「えっ 今 何て? じゃあ、この道は……」
キヨは びっくりしすぎて 言葉が出ねえ。
キヨの娘がちっちゃな声で言った。
「かあちゃん ことりさんがいる」
「え? これはあんちゃんのことり」
娘は ことりをなでながら言った。
「あたし 知ってる。このことりさん 森の道にたくさんあるよ」
キヨはそのとき この道を作ったのが小鬼だと はっきりわかった。
このことを知った村人は 小鬼に感謝して いつからか この道を「小鬼のことりの道」と呼ぶようになった。
(おしまい)
文・くぼた ちとせ
絵・のぶひろ らんこ