聖書講話「心を燃やす聖霊の火」使徒行伝2章1~8節

聖書の宗教の本質は、卑しい肉の身の人間が神の霊に触れ、神の子たる新しい人類に生まれ変わる回心にあります。聖書の時代と同様に、後の歴史においても、聖霊を受けた人々は熱い愛と神の知恵に満ちて、暗い時代に光を投じてきました。
今回は、聖書の宗教において極めて重要な聖霊降臨の出来事を記した、使徒行伝第2章の講話を掲載いたします。(編集部)

イエス・キリストが十字架にかかられてから50日目、ペンテコステ(注1)の日に不思議な現象が起きました。すなわち、「父なる神の約束を待て」と、ひとたびは死んで復活されたイエス・キリストが言われた、その約束が成就したというのです。その時の状況が書いてある使徒行伝2章を1節から読みます。

五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか」

使徒行伝2章1~8節

これが、ペンテコステの朝の出来事であります。120名の者たち、みんなが一緒に、一つの部屋に集まっておりますと、突然、激しい風が運び込まれるようにして天からの音が起こった、とあります。ペンテコステ、聖霊降臨の現象というのは突如として起こるのである、ということがわかります。「突然」と書いてある。昨日まで、今日まで、今朝まで起きなかったのが、今、突然に起きたというときに、そこで今まで長い間考えてもみなかったようなことが起きたのです。しかも、それは理屈ではありません。経験です。そこに集まっていた人たちが、ひとしく経験した出来事であるということです。

「ペンテコステとは何ぞや」と言って、この出来事を議論にする人があります。自分が未経験なものを論議したって、そんなものは役に立ちません。大事なことは、まず私たちも同様の経験に入ることです。

ペンテコステの日に聖霊が降(くだ)ったといわれる部屋(エルサレム)
(注1)ペンテコステ

ギリシア語で「第50」を意味する言葉で、ユダヤ教の三大祭りの一つ、「七週の祭」のこと。過越の祭から50日目に当たる、春から初夏のころに祝われる。五旬節とも。キリスト教では聖霊降臨の時とされる。

祈りの臨界点に達すると

ここに、「激しい風が吹いてきたような」とあります。風とはいっても、いわゆる風が吹いたのではありません。原文のギリシア語にある、「ωσπερ ホースペル ~のような」という言葉が大切ですね。これは象徴的なことを表しています。

「風」というのはギリシア語では「πνευμα プネウマ」といいますが、「息」または「霊」という意味もあります。
これは自然現象としての風ではない。霊の火が、私たち人間界に灯(とも)る時が来た。「かねてわたしから聞いていた父の約束を待て。……あなたがたは、多くの日々の後にではなく、聖霊の中にバプテスマされるであろう」(使徒行伝1章4~5節 直訳)と言い遺してイエス・キリストが天に昇られてから10日間、祈りに祈って彼らはこの時を待ちました。そして、臨界点に達した時、突如として新しい変化が起きました。

水というものは、熱して70度、80度になり、99度になっても沸騰しません。しかし、100度になったら突如として沸騰します。沸点に達すると液体から気体に変化するごとく、ペンテコステの日、ついに人類の心に、ある火が灯りました。

イエス・キリストの弟子たちは、不思議な宗教経験をしました。その宗教経験は、私たちもまた同様に、ものにすることができる。そのために、聖書は書かれております。これを自分のものにしないならば、聖書を読むのは空(むな)しいことです。教会に行って、ただ儀式に連なったり、型どおりのお祈りをしたり、壮麗な教会堂を造ってその雰囲気に浸ることが信仰だというならば、キリストの宗教を誤解するのもはなはだしいと言わねばなりません。

ここでこの火のように、嵐のように、あるものが自分の心の中に突っ込んできた時に、弟子たちは皆、神の霊に、聖なる霊に満たされたという。そして御霊が宣(の)べしむるままに、「異なる ετερος ヘテロス」言葉で語りはじめた。「ετερος」という語は、「他国の」というよりも、「質が違う、異質の、異なる種類の」という意味です。全然、人間の語る種類の言葉ではない言葉を語りだした、というのです。ですから、ペンテコステにおける現象が何であったかというなら、一つには外側に見えることとして、異言(いげん)を語りだしたということです。
イエス・キリストは、弟子たちに対して「父の約束を待て」と言われたが、約束の御霊に与(あずか)る経験に必ず入ることができるから、命令なさったのです。ある経験をするまでは都に留(とど)まって、祈って待っておれよ。臨界点に達したら俄然(がぜん)、火が、霊が嵐のように燃え盛りだすだろう。そうしたら上より力を受ける。変わって新しい人となるだろう、ということを言われました。こういう経験なしに、どれだけ宗教について議論しても駄目です。

霊的人物は皆、同様にこのようなペンテコステ的経験をしております。それは初代教会だけではありません。

ペンテコステ的経験をした人々

たとえば18~19世紀には、クリスチャンの模範はクエーカー派(注2)だといわれていました。クエーカー派の人たちは最も霊的でした。彼らは礼拝の時に楽器を使わず、賛美歌も歌いません。じっと座って静かに黙想しているだけです。しかしそれは、静かに、神の霊が、神の力が突入してくるのを待っているのです。そしてだれかにそれが臨んだら、その人が立ち上がって証ししたり、祈りはじめる。すると、神の霊に動かされて、もうじっとしておれない状況になる、というのです。その姿から、「クエーカー(震える人)」と呼ばれました。

20年前、私たちのグループに霊的な運動が起きた時にも、最初からみんなが異言を語ったりしませんでした。クエーカー派のように皆、静かに瞑想(めいそう)しておりました。そうしてだんだんと、ある臨界点に達してくると、もうじっとしておれずに、「ああ、神様」とだれかが言いだして祈ったものです。そうすると、神の霊が皆に臨んできました。

聖書は、そのような霊的な経験の上に語られているんです。その経験を「つまらない」と言う人には、つまらなくてもいいです。しかし、ひとたびほんとうに経験した人は、「まあ、なんというありがたい経験だろうか」と、それに驚きます。
こういう経験は、いわく言いがたくてなかなか伝えられません。自分で直接経験する以外にないからです。水の味は、いくら議論したって味わった人にしかわかりません。宗教の経験もそれと同じでして、私は皆さんがそれを得なさるように、そして臨界点に達するようにと導くことはしますが、あとはお一人おひとりが直接飲む以外にないんです。

しかしまた、聖霊に満たされただれかに接すると、不思議な経験が起きることがあります。

19世紀におけるアメリカの最大の伝道者は、ドワイト・ムーディーという人でした。ムーディーは小学校も出ていない、字もよく読めない男でしたけれども、彼が説教に立ちますと、多くの人の心を燃やしました。それで、「あなたはどこでそんなことを学んだのだ。あなたのように学問のない者が」と問われると、「私はある祈りの会に出席したところが、急に内から燃えるものがたぎりだした。そして、たぎりだした状況で人に近づいてゆくと、多くの人も同様の経験に入って、同じように、この不思議なコンバージョン(回心)をした」と答えたといいます。かくしてムーディーの伝道が始まったんです。

ですから、彼は難しいことは言いません。学問のない人なので、彼が書いた文章なども、普通の話し言葉です。しかし、平易な言葉ですが、何か心を打つものがありますね。すなわち、真の宗教というものは考え事だったり、本で得た知識ではないということがわかります。胸の内に燃えるような「火」が大事であります。私たちも心の内が燃やされて、変わりとうございます。

(注2)クエーカー

17世紀のイングランドに起こった、プロテスタントのキリスト教一派。靴職人だったジョージ・フォックスが創始。教会の制度や儀式に抗して、霊的な体験を重んじた。正式には「キリスト友会(フレンド派)」という。

神霊の力が働く人間

こういう経験は、私自身にも起こりました。

昭和7~8年のころでした。私は若い時、神学校に行って信仰を学ぼうとまで考えたことがありますが、教会の内情や知的な信仰にたまらず、教師だった私は熊本の自宅で若者たちを集めて聖書研究会をしていました。そのころ、内村鑑三先生の本に出合い、心燃やされて読んでおりました。そうしたら、もう祈っていても心が熱くなって、心が燃えたぎり、光り輝いて、自分ではじっと抑えることができないほどでした。

ある時、細川の殿様の一族の方が神経痛で寝ているというので、お見舞いに行ったことがあります。奥さんはクリスチャンでした。それで私に、「祈ってください」と言われたので、私は熱心に祈ったら異言状況になった。それを見て、その夫婦が「手島さんは教会におられたが、教会から出て、自分で聖書研究会を始めてから、こんなに変わられた」と驚いていました。

異言を語ることは小さいことです。しかし、そのような状況下に何か私たちの知らない御霊、不思議な霊が臨んでいるということがわかるんです。

私はそういう経験をもっていなければ、伝道をしてもついには逃げ出していたでしょう。多くの人が伝道を志して牧師になっても、破産したりして逃げ出してしまう。破産しないまでも、10人か20人の小さな集会にとどまって膨張しない。それは、もう一つの我ならぬ力、超自然的な力、神の霊というものが働く人か、そうでないかによると思います。

そしてこれは、ある人には働き、ある人には働かないというものではありません。聖書が述べているような状況に自分を置きさえすれば、だれにでも不思議が伴います。

それにはまず、皆さんの考え方をお変えにならないといけません。人間というものは、今お互いが見ているような状態だけではない。人間には、実にいろいろな、不思議な性質があります。また、不思議な御霊を受けるだけの許容力(キャパシティー)もあるのでして、もし神の御霊を受ける心の備えさえできれば、だれでも受けられるのです。

たとえばラジオでもテレビでも、放送局から送られてくる電波をキャッチしなければ受信できませんし、受像できません。そのように私たちも、いつも「インマヌエル、神共に在(いま)したもう」と自分に言い聞かせているならば、神の御心や思想が、神様の感情が私たちにひたひたと、テレビにでも映るように映りはじめて、普通の人間と違ってきます。聖書の宗教はこれを教えるのです。

外なる我が崩れる時に

「健全なる魂は健全なる肉体に宿る」といいます。それで私たちの多くは、外側の容(い)れ物のほうを自分だと思っているかもしれません。しかし、容れ物の中に入っている大事な魂、内なる我というもの、これが永遠に生きつづけるのであって、内なる我が動かしつつある外側の容れ物は、たやすく変わります。

すなわち、神の御霊は私たちの内なる魂に働きたもうのでありまして、その容れ物である肉体や神経、あるいは理性という外なる我に働くものではないのです。外なる我というものが弱ってきたような時に、むしろ内なる我が開かれ、不思議な力が与えられます。
使徒パウロはダマスコの城外において、神の御霊に打ち倒されてしまった時に、見ることも、食べることもできないくらい、外なる我が打ちのめされてしまった。その時に、生けるキリストの声を聞いたんです。(使徒行伝9章)

そのくらい外なる我というものをすっかり滅却してしまう状況に達するために、仏教では座禅を組んでみたり、クエーカー派では静かに瞑想したりする。そうすると外なる我というものの働きが鎮まってきて、内なる我に向かって神の霊がワァーッと働いてくる。私たちは御霊の宣べしむるままに、この外なる我の器官である舌も動きはじめて、不思議な神の世界、霊界の言葉を語りだします。また、必ずしも異言によらなくても、神の思想、天使の思想を私たちの心が受ければいいのですから、ある人の場合には、異言を用いずとも神の御心がわかることがあります。それは、その人の霊性がどこまで発達しているかにかかることだと思います。

とにかく、このようなペンテコステ的経験、事実というものを基礎にキリスト教は発足したのですが、今のキリスト教にはすっかりこれが消えてなくなっております。

真の人間の尊さとは

戦後、世界は物質文明が進み、社会状況はよくなり、生活物資が豊富な時代となりました。日本は機械その他の工業力において最も豊かです。しかし私は、今の日本ほど嫌な状況はないと思います。明治年間、大正年間は封建的で駄目だったといわれます。たしかに駄目なところもあったでしょう。だが、まだ戦前のほうが日本人は自分たちの尊さを知っていました。現在の日本には、物質的な幸福、刹那的(せつなてき)な幸福、獣欲的な幸福はあるかもしれません。しかし、深い魂の幸いなどは、もうみんな忘れております。

私は朝早く、明治神宮の森を散歩することを非常に好みます。若葉が新鮮で空気がきれいです。しかし、時々嫌なものを見ます。それは朝っぱらから、若い男女がベンチの上でお互い肉体を抱き合って戯(たわむ)れている。人目のつかん所で抱き合っているんならまだいいけれども、こんなことを人前で平気でやって、肉に爛(ただ)れた姿を見せております。私たちが知っていた男女の愛というものは、もっと精神的なものでした。

今の人は、こんなのが人間だと思っている時に、ノー! 人間はもっと尊い存在です! 天使とでも語れるような存在です! 神の声すらも聞けるような存在です! しかし、だれかがその経験をほんとうに満喫して伝えなければ、この者たちにはわからんと思います。

これはだれのせいか。人間の本当の尊さを教えない教育家たちもですが、それよりもっと宗教家に責任があると思う。宗教家たちは、お寺に参ることや、教会堂で礼拝すること、儀式をすることが宗教だと思っている。だが、人間一人ひとりには神の子となる道があって、私たちの内なる我に神の霊が直々に働きかけてくる、ということは教えない。これを教えるのは聖書です。しかしながら、今はキリスト教も聖書の鍵(かぎ)を失ってしまっている。キリスト教がほんとうに目覚めていたら、こんなことにはならないはずです。

そこで私たちがまず目覚めて、この精神的な喜び、意味、価値というものを教えだせば、やがては皆が驚いて集まってくるでしょう。外側の文明は豊かに見えますが、多くの人は内側が霊的なものに飢え渇いております。私たちはこのペンテコステの秘密の鍵をもっているんだから、人に伝える義務があると思います。

あるものが胸に宿ると

使徒行伝2章には、ペンテコステの出来事が起きた時に皆が驚いた、ということを書いてありますね。科学は驚きから始まる、といいます。私たちも何か驚くような出来事に出合いたい。そういうハプニングに接したい。これは現代人ほど、そういう何かを求めているんじゃありませんか。そして私たちも、「今日は驚くべきことが、私の身にもあった。ほかのだれさんにもあった」と言いとうございます。

2年前の日曜日でしたかね。ここにいる双生児(ふたご)のN君兄弟のお母さんが、もう目に涙をためて、体をよじらせるようにして感謝しておられました。

「何ですか? 奥さん」と言うと、「ああ、私の息子がついにコンバージョンしたんですよ!」と言って喜んでおられたのです。今まで親に背を向けて、あれだけ信仰に反発していたあの理屈っぽい高校生が、ある学生集会で回心をして、「ああ、幕屋はいいな」と言って喜んでいるという。それだけではない。岐阜の山奥から越してきて、東京の都立高校に入ることは難しいでしょうのに、まあ入りなさった。しかも、2人とも別々のクラスで1番だという。聖霊が臨む時に、すっかり変えられてしまった。

それでこのごろは、私の小学生の末っ子もこうやって集会に出ております。私が「何がうれしい?」と聞くと、「Nさんのお兄ちゃんたちから信仰の話を聞くのがうれしい」と言って、高校生と小学6年の年齢差があるのに、聖霊の経験、事実というものは一つですから、年の差を超えても慕っています。私は、家庭で宗教教育や、神についてほとんど話しません。信仰に入れ、とも言いません。しかしそれは、あるものが宿った時に人間は変わる、ということを知っているからです。内村鑑三先生がお好きだった、

或(あ)るものの胸に宿りし其日(そのひ)よりかがやき渡る天地(あめつち)の色

室賀春城(むろが しゅんじょう)

という歌がありますが、そのとおりです。

こういうことはだれがするんでしょうか。聖霊という助け主が臨むからです。皆さんも、ぜひとも心を拡(ひろ)げてください。心を開いてください。そして、私たちの内なる我に聖霊を迎える、ということが大事です。どうぞ、神の御霊が乗り移るように来たりたまえ、と祈りとうございます。

(1970年)


本記事は、月刊誌『生命の光』865号 “Light of Life” に掲載されています。

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