若いひとの声「私の折れない柱」
― イスラエルで体験した祈りの力 ―
プロフィール
箕輪 宥汰 (27)
好きな映画:『スター・ウォーズ』
光をスクリーンへと運ぶ映画館のプロジェクターのように、自分が輝くことであふれる光を届けたい。映像を通し、見えない世界を描くことが夢。
私は幕屋に来て4年になりますが、そのうちの3年は幕屋のイスラエル留学生として、ヘブライ語と聖書を学び、祈りながら過ごしています。
行くなら、イスラエル
私は、子供のころから映画を観(み)るのが大好きで、やがて映画好きが高じて、「映画監督になりたい」という夢をもつようになりました。
その夢を実現する一歩として、英語も上達させながら海外の文化に触れたいと思い、大学卒業と同時にワーキングホリデーでニュージーランドに行こうと考えました。ところがそのことを、仕事でイスラエルをよく知っている、父の知人に話すと、「行くなら、イスラエルだよ」と言って勧めてくださるのです。私はその言葉に、ビビッと来るものがありました。
というのは、ほとんどの海外の映画のベースには、宗教的要素があります。映画に触発されてさまざまな宗教の本を読みましたが、何を読んでも最後は聖書とイスラエルにたどり着くんです。その時に父の知人が「ぜひヘブライ語を勉強したらいい」と言って紹介してくれた方が、イスラエルの大学を卒業し、大阪でヘブライ語を教えている、幕屋の青木偉作(いさく)さんでした。
幕屋留学生の感化
青木さんのもとでヘブライ語の勉強を始めたころ、イスラエル留学から帰ってきたばかりの幕屋の青年たちと会う機会がありました。彼らと話をして、私の同世代でこれだけしっかりした考え方と信仰をもって生きている人がいるのか、と驚きました。
私は、映画や大学の授業で世界の文化に触れた時に、「今の日本には何かが足りない」と思うところがありました。日本人でも海外留学に行く人は多いですが、日本人としてのベースや愛国心がないまま行っている人がほとんどですね。私は、海外で外国人とつきあうときには、日本人としての誇りと精神をもっているからこそ、新しい創造的なものが生まれると思っていました。でも、そのような問題意識を腹を割って話せる人は、それまでいなかったです。
ところがイスラエルから帰ってきた幕屋留学生と話をしていると、聖書への愛と共に、日本のために生きたいという気持ちがビンビンと伝わってきて、「こんな人たちがいるなら、日本の未来は明るいな」と感じました。
もう1つ、幕屋の青年たちと話していて感じたのは、「己とは別に、もう1本の柱をもっている」ということです。普通の人間は、どんなに立派な信念をもっていても、それがポキッと折れたらだめになります。しかし幕屋の人と話していると、何かもう1つの強い柱がある感じがしたのです。その時はそれが何であるか、はっきりとはわかりませんでしたが。
堂々と話す幕屋の青年たちに触れて、「こんな熱い青年たちがいる集会に行ってみたい」と思って、幕屋の集会に参加しはじめました。みんなに交じって一生懸命祈っているうちに、涙があふれる体験を何度かしました。そして2019年の10月に、幕屋留学生の一人としてイスラエルに来たのです。
私が祈っても
イスラエルのキブツ(共同村)で働き、ヘブライ語教室で学ぶ留学生活が始まって、すぐのことです。日本から連絡が来ました。父が突然倒れて心臓が10分間も止まってしまった、何とか心臓は動きだしたが、まだ生死の境をさまよっており、命が助かったとしても植物人間になる可能性が高い、と。
大好きな父が死ぬかもしれない、と電話を受けた瞬間、私はその場でキリストの名を呼んで祈りはじめました。それから3日間、食事をするのも忘れて腹の底から、父の回復を祈りました。涙がかれるんじゃないかと思うほど、泣いて祈りました。
祈りながら、手島郁郎先生が語られた言葉を思い出しました。それは、「祈りが聞かれた時のようすを、具体的に目に見えるように描いて祈れ」ということでした。それで私は、父が目を覚まし、そして病室から元気に出ていくようすをイメージして祈りつづけました。すると3日後、「お父さんは一命を取り留め、意識を回復し、後遺症もほとんどない」という連絡を受けたのです。私は心から感謝しました。
それまで聖書の話や幕屋の方々の証しで、奇跡が起きる世界があると知ってはいましたが、「私が祈っても、キリストは働いてくださるんだ」ということを体験すると、私の祈りはとても力強くなりました。
イスラエルで映画を学ぶことも、実は苦闘の連続です。ビザの問題など、自分自身の努力では越えられない壁にぶつかって、「もうあきらめようか」と何度思ったかわかりません。自分自身の頑張りや努力といった柱は、何度も折られました。
でもそのつど、父が倒れた時の祈りを思い出して涙して祈ると、「絶対あきらめない」という力がわいてくるのです。この祈りの力が、幕屋の青年との最初の出会いで感じた、あの「もう1本の柱」の芽生えなのか、と思っています。今、聖地での学びの日々が、うれしくてなりません。
本記事は、月刊誌『生命の光』834号 “Light of Life” に掲載されています。