エッセイ「たまごやの独り言」

大槻誠

私は、卵の行商をしています。普段はお客さんと挨拶(あいさつ)する程度ですが、次第にお客さんと心が触れ合うようになりました。
それで、家内の助けを借りて、日ごろ感じていることや自分の証しを織り交ぜ、「たまごやの独り言」 というお便りを作ってお客さんに差し上げています。

7月の便り「人生の転機」

私が卵の行商を始めてもう16年になります。ひとえに皆様のごひいきの賜物と存じます。私がどういう者か知っていただくために、私の子供のころからのことをつたない文字にしたため、お便りを書きました。ご一読くだされば幸いに存じます。

私は高校2年生の時、家の事情で大学進学をあきらめました。当時、私は熊本に住んでいまして、卒業したら大阪に働きに出るつもりでした。でも、3年生になって卒業を控えているのに、就職が決まりません。そのうえ、失恋して、全く自分に絶望しました。

ある夜、一人、3年間通った高校の裏山に上りました。やみ夜でした。風も吹きはじめ怖かったです。やっとのことで山頂にたどり着くと、なぜか腹の底から泣けてきて、わんわん……我を忘れて泣きつづけました。

はっと我に返り、目を開けて空を見上げると、月がこうこうと照っていました。気がつくと温かいものが私を覆っていて、「大丈夫だ! 大丈夫だ!」と語りかける声を、全身の肌に感じました。でも「大丈夫!」って一体何だろう、と思いながらも、うれしい気持ちになって、一目散に山を下りて家に帰りました。

数日後、父から「大阪府立の高等貿易講習所を受験してみないか」と言われて大阪に行き、思ってもみなかった第二の人生が始まりました。

8月の便り「生涯の宝」

ああ、安倍晋三元総理が倒れました。暴漢に襲われて亡くなりました。その後、連日の報道番組で安倍元首相のことが取り上げられ、世界各国の指導者からその功績をたたえる声が数多く寄せられています。賛否両論あると思いますが、私は、この難しい世界情勢の中で、ここまでリーダーシップをとってこられたこの方に好意を抱いている一人です。

そして旧統一教会のことがテレビで連日取り上げられています。この報道の嵐の中で「信仰」という言葉に反発する方もおられるでしょう。もちろん、いいかげんな宗教にだまされてはいけませんが、人間として正しく生きる道を教えてくれる宗教は必要だと、私は思っています。

私の体験ですが、私が大阪で学ぶようになってから、ある時、姉に連れられて聖書を学ぶ家庭集会に参加しました。そこにいた人の「何かあった時にはイエス・キリストに叫べばいいんだよ」という言葉を聞いて、「あーそうなんだ」と、その一言が心に留まりました。

ある夜、眠りに入ろうとした時、何か恐ろしいものが自分に迫ってくるのを感じました。私は助けを求めて「イエス・キリスト!」と思い切り叫びました。

叫ぶや否や、私の腹から突き上げるような喜びがわいてきました。こんな私が神様にお出会いできるとは、信じがたい喜びでした。その夜は、うれし涙で枕をぬらしました。当時は、苦学生の苦しい生活でしたが、心の中には喜びがありました。

高校卒業を前にして自分に絶望して泣いていた時、「大丈夫だ!」と声をかけてくださったのはキリストだったと知りました。それ以来、日曜日になると、姉が集っていた大阪の国民会館で開かれている聖書講演会に出席するようになりました。その場で、私は手島郁郎という一人の人を通して、聖書の読み方、日本精神の尊さ、日本の優れた宗教人について学び、日本人としてどう生きるべきか、を教えていただきました。このことは私にとって生涯の宝です。

常連のお客さんには年配の方も数多くおられます。「そんな贅沢(ぜいたく)はできないけれど、せめて卵はおいしいものを食べたい」と言って、いつも買ってくださいます。
また、ある女子高校生が、「おじさん、あのお便り、まだもらっていないけれど」と言うのを聞いて、うれしかったですね。

9月の便り「びわ湖のほとりにて」

びわ湖に1泊2日の旅をしました。早朝、湖畔を歩いていると真っ赤な太陽が昇ってきました。繰り返し打ち寄せる波の音に耳を澄ませながら、ひとときを過ごしました。その時、若い日の忘れることのできない光景が、記憶の底からよみがえってきました。

私は、大阪で信仰に喜んで生きていたのに、東京に出てから惑うことも多く、神様に背を向け、この世の泥沼にもまれて苦しんでいたことがあります。

ある時、ダンプの運転手をしていました。けれども、周りの人の心配もあってひと月で辞めることにし、夜、車を返しに八王子の事務所に行きました。すると、最後にもう一度だけ運転してくれとのことです。気が進まないけれど断りきれず、4トンダンプにたくさんの砕石を積んで走りました。

早朝、甲州街道を走っていると大きなカーブの先に突然、赤信号が! しかも軽自動車が通り、歩行者が数人渡っている最中です。この状況では、ブレーキは全く利きません。一瞬、「神様!」って魂の底から叫びました。すると、「クラクションを鳴らせ!」と閃(ひらめ)いて、思いっ切りクラクションを鳴らしました。無事ダンプは人々の間をすり抜けることができました。

危うく私は交通刑務所に入るところでした。その光景を思い出しながら、神様のご加護に感謝しました。

やっと実りの秋を迎えました。あちこちの田んぼで今年も稲穂が豊かに実を結んでいます。皆様のご健康とご多幸をお祈りいたします。

一昨年の春ごろから書きつづけてきた「たまごやの独り言」ですが、先日、あるお客さんから手紙をもらいました。その中に「あなたは聖人のようなお方ですね」と書いてありました。
私はそんな者ではありません。返信のつもりで「10月の便り」を書きました。

10月の便り「すべてに感謝!」

澄み渡る青空が広がるさわやかな季節になりました。この「たまごやの独り言」を読んで、まるで私を立派な人だと勘違いする方もおられます。しかし、私は、決してそんな人間ではありません。むしろ現実は、惑ったり、転んだりしながらの人生でした。

  抗(あらが)いつ惑いつ立ちつたどり行け
  自(おの)ずと知るらん 神の道を

(読み人知らず)

これは、若い時に信仰の先輩に教えてもらったものです。この歌のとおりの人生でした。そして自分で抗い、もがいている間はずいぶん苦労もしましたが、ある時お手上げして神様におゆだねして歩きだしてみると、いつの間にか状況が一変してきました。今は、家内と2人でうれしい人生を歩いています。

若い時に引っ越しも多く、私に反発していた長男が、昨年、病の中から信仰を回復して喜んでいます。私の知らないところで、神様が息子を守り育ててくださったことに、感謝は尽きません。

(京都市在住)


本記事は、月刊誌『生命の光』853号 “Light of Life” に掲載されています。