童話「ミハエルのろうそく」
「ろうそくの光……天国からも見えるかな」
窓の外を見ていたミハエルがつぶやきました。
「ああ、神さまも、きっと見ておいでだろう」
お父さんのヤコブが答えました。外は今年も雪が降っています。
ヤコブは町一番のろうそく職人です。ヤコブの作るろうそくは、炎の色が赤や青、黄色と変わるのです。クリスマスが近づくと、町じゅうの人がこのろうそくを楽しみにしていました。
数年前におかみさんを亡くしたヤコブは、ミハエルの成長だけが楽しみでした。毎日聖書を読み、ふたりで祈るのが日課でした。
ところが、ミハエルは13歳の誕生日を前に、もう何週間もベッドに寝たままになっています。最初はちょっとした風邪かと思いましたが、少しもよくならないばかりか、日に日に弱っていくのです。毎日ベッドの中で聖書を読み、窓の外を見て過ごしていました。
「ぼくね、今日、聖書を読んでいて思ったんだ。神さまは戸の外に立って、とびらをたたいていらっしゃる。そのとき、とびらを開けたら、神さまは入ってきてくださるって」
ミハエルがとつぜん言いました。
ヤコブは何のことだかよくわからず、驚いて息子の顔を見ました。すると、ミハエルが3本のろうそくを出しました。
「これ、ぼくが作ったろうそくです」
「いつの間にこんなものを作ったんだ?」
「お父さんのために、いっしょうけんめい作りました。クリスマスに窓の近くで灯してください。ぼくが天国にいったら、神さまにお願いします。ぼくのろうそくの光を見て、お父さんのところに訪ねてくださいって」
「おお、ミハエル、お願いだからそんなことを言わないでおくれ」
「いいえ、お父さん。クリスマスにろうそくを灯してください、きっとですよ」
それからまもなくして、ミハエルは息をひきとりました。
息子がいなくなってからというもの、ヤコブは祈らなくなって、毎日お酒ばかりのんで仕事もしません。近所の人が心配して訪ねても、どなりちらすので、だれも近寄らなくなりました。
その年、クリスマスが近づいても、ヤコブのろうそくは町に灯りませんでした。
クリスマスの夜、ヤコブはミハエルの作ったろうそくを1本手にとってみました。この1年、何度も何度もろうそくを手にしました。
「ほんのちょっとだけ、つけてみるか……」
ボッ、と音がしました。炎がだんだん大きくなっていきます。なんて明るい光でしょう。ヤコブが作っていた赤や黄色の光など、およびもつかないほど明るいのです。かじかんでいた心が、ほんのすこしやわらかくなったようでした。
「ミハエルや、クリスマスが来たよ……」
外は雪がしずかに降り積もっています。ジジッとろうそくが小さな音をたてました。
そのとき、「トントン」とノックの音です。
(こんな時間にだれだろう)
戸の間からのぞいてみると、そこに身なりのみすぼらしいおじいさんが立っています。
「ミハエルのろうそくはありますか?」
「なんだって!」
「ここにミハエルのろうそくがあると聞いたのですが」
酒にでも酔って、からかいにきたのかと思ったヤコブは腹が立ちました。
「あんたにやるものは何もない、帰ってくれ」
ろうそくの火がいっしゅん大きくなりました。おじいさんは大きな目でヤコブをじっと見つめましたが、そのまま帰っていきました。
「ふん、こんな晩におかしなやつだ」
とびらを閉めながらヤコブは思いました。そして、ろうそくの火をふき消しました。
ヤコブはまだ仕事もせず、お酒ばかりのんでくらしました。それでもクリスマスの夜の、あの老人の言葉が気になっていました。
「ミハエルのろうそく、だって。なあに、何かのまちがいさ」
次の年のクリスマスの晩です。ヤコブは何度も考えてから、去年すぐ消してしまったろうそくに火をつけました。すると、また「トントン」とノックの音がします。のぞいてみると、またあのみすぼらしい姿のおじいさんです。
「あんたは去年の……」
「ミハエルのろうそくはありますか?」
「な、なんでそんなことを聞くんだ」
「ミハエルのろうそくを見せていただけませんか?」
ヤコブをじっと見つめています。薄着で、とても寒い中を歩いてきたとは思えません。しかたなく家の中に入れることにしました。
「なぜそんな格好で外を歩いているんだ」
お茶を入れながらヤコブが聞きました。
「私のことを待っている人が、たくさんいるのですよ。でも、なかなか中には入れてもらえないのです」
おじいさんが静かに答えました。ヤコブは急に胸が熱くなりました。そして、ミハエルの言葉を思い出しました。
「実は私の息子が、病気で亡くなる前に、神さまはいつもとびらをたたいていらっしゃるって言ったんだ。あれはどういう意味だったのかな?」
「なるほど、このろうそくの火はとても明るい。とびきりの明るさだ」
質問には答えず、おじいさんがうなずきながらゆっくり言いました。そして、
「さあ、もういかなくては」
と言って立ちあがりました。
ヤコブは、おじいさんにいつまでも家にいてもらいたいと思いました。
「もう一杯、お茶を飲んでいかないか?」
けれどもおじいさんは、また大きな目でヤコブをじっと見つめ、雪の中に出ていきました。
外は吹雪になっていました。おじいさんに自分のコートを渡そうと、ヤコブがあわてて追いかけましたが、おじいさんはどこにもいません。
その日の晩は、ミハエルのろうそくがずっと燃えていました。
次の年です。ヤコブがろうそくに火をつけると、ノックの音がしました。おじいさんです。ヤコブは、いそいでおじいさんを中に入れました。この1年ずっと待っていました。
「このろうそくは、私の息子、ミハエルが作ったろうそくです」
ヤコブは一息に言いました。
「知っています」
おじいさんが答えます。
「なぜ知っているのですか?」
「ミハエルが教えてくれました。クリスマスの晩に、いちばん明るくろうそくの灯る家を訪ねてほしい。私の父が待っているから、とね」
ろうそくの光が、部屋じゅうにひろがりました。ヤコブは目を開けていられなくなりました。おじいさんの声が聞こえます。
「とびらを開けさえしたら、私は中に入れるのです。そしていつも一緒にいます」
明るい光の中で、おじいさんの姿は見えなくなっていきました。けれども、その声はいつまでもヤコブの心に残りました。
(おしまい)
文 さとう よしこ
絵 やまもと くみこ